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院長挨拶_アーカイブ

2023年 新年ご挨拶                  令和5年1月1日

2023年 新年ご挨拶
 患者さんの人生に寄り添う仕事 
  長門総合病院 院長 村松慶一
2022年を振り返る
 さて、2022年を振り返りますと、残念ながら良い年とは言えませんでした。2月に始まったウクライナの戦争は依然続いています。ロシアのロケット砲撃を受け、心肺停止になった子供を蘇生する医師の映像を見ました。その悲しみと我慢できない怒りは、同じ医療人として居たたまれません。

 7月には安倍晋三氏を失いました。安倍さんとは何度か面識があり、握手した手が厚く優しかった印象があります。2016年ハワイ・パールハーバーや広島でオバマ元大統領と行った演説は、ご自身の言葉で話されてとても感動しました。いろいろな批判はありましたが、特に長門の方には永遠に心に残る政治家だろうと思います。
新型コロナウイルスいまだ終息せず
 新型コロナウイルスは終息せず、皆さんの生活は制限が続いています。1年前は、来年こそコロナは終わるだろうと期待していましたが、状況はますます悪くなっています。昨年末には当院で初めての院内クラスターが起こり、一時病棟を閉鎖する事態となりました。政府はウィズ・コロナの生活と言いますが、医療の現場ではそうはいきません。完全にゼロ・コロナです。このギャップの大きさが医療現場を混乱させ、疲弊させています。
 コロナウイルスがもたらした最大の功罪は、人と人のつながりを遠ざけてしまったことです。入院すれば面会が出来ず、患者さんは家族に会えません。当院ではタブレットを使ったWeb面会を実施していますが、何て不安でしょうか。我々も以前は忘年会をしていました。白衣を脱いで、仲間と仕事以外で語り合う事が何と大切なことだったのか。今よくわかります。来年は何とかならないでしょうか。いえ、何とかしなければいけないんです。
 一枚の写真を見つけました。米テキサス州にあるユナイテッド・メモリアル医療センターのジョセフ・バロン医師は、感染病棟で働く医師です。妻をコロナで亡くし、自身もコロナ感染で入院中の絶望した患者さんが家に帰りたいとふらふら歩き出しました。バロン先生は、黙ったままその患者さんを強く抱きしめました。感染症の観点からは、これは禁忌の行為です。しかし、バロン先生はその優しさから自然と抱きしめたのでしょう。人と人の心の距離は、壁を作って遠ざけてはならないのです。
 私は長門に来て皆さんに教えられたことがあります。それは、人と人とのつながりです。知らない方に、「こんにちは」と挨拶したことがありませんでした。今ではそれが当たり前になりました。医療には、患者さんと医療人との厚い信頼関係が必要です。その原点が、ここにあるように思います。

おじいちゃんになった
 2022年、私には嬉しい出来事がありました。初孫ができたのです。私には2男2女の子供がいますが、子育ては妻に任せっきりで自分は何もしてきませんでした。長女が子供を授かり、初めておじいちゃんになりました。皆さんも孫がおられれば、御分りでしょう。何て、かわいいでしょう。
 以前、オーストリアの動物行動学者コンラート・ローレンツ博士が、「赤ちゃんは、なぜかわいいのか?」を研究して1973年ノーベル医学賞を受賞しました。彼の結果はこうです。人間の赤ちゃんは、動物の赤ちゃんに比べて自立するまで時間がかかります。海ガメは、生まれるとすぐにひとりで海に泳ぎだします。牛は生まれて数時間で立ちます。人間は、しっかり立てるまで1年くらいかかりますよね。その間、大人にしっかり育ててもらわなくてはいけません。親からたっぷりの愛情を、他の哺乳類に比べて長く受けて育ちます。そのため、人間の赤ちゃんは、「大人を魅了する特徴」が必要であり、それが「かわいさ」であるらしいです。
 長門総合病院の「動」
 昨年の漢字一文字は、ウクライナ戦争の「戦」でした。本年の長門総合病院の漢字一文字は「動」だと考えます。当院は現在約300床の入院病床があります。医療圏の人口減少に従って、本年病床数を約50床削減する予定です。しかし、皆さんが入院できなくなるわけではありません。病院は時代に合わせて動いていかねばならないのです。
 これには賛否両論ありますが、チャールズ・ダーウィンはこう言いました。「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである。」当院は開院して80年の老舗病院です。その歴史は大きな意味がありますが、時代に合ったスタイルに変化しなければなりません。私が院長になって3年が過ぎましたが、この病院スリム化は就任当時から考えていました。そこに新型コロナウイルス感染症の大災害があり、延び延びになっていました。本年こそ、その改革の時期なのです。
 医師の言葉
 先日、ある患者さんのお母さんからお手紙をいただきました。私は、大学病院で多くの子供たちを診てきました。中には助けられなった患者さんもおられます。その訃報を聞きますと、自分が代わってあげたいという気持ちになります。お手紙には、入院中、退院して病状が悪化した頃、最後を迎えた時に、何よりの薬が我々医師の「大丈夫ですよ。」という言葉でした、と書いてありました。私たちが診療で何気なく言う、「大丈夫ですよ。」は、患者さんにとっては私たちが思う何十倍にも貴重な言葉となります。医師の言葉は、メスよりも治療効果があることをもう一度教えていただきました。

2023年を迎えて
 今年は、どんな一年になるのでしょうか?それは誰にもわかりませんが、一つだけ、確かなことがあります。我々医療人は、患者さんの人生に寄り添う仕事を選びました。その仕事を一生懸命にすれば必ず良い事があります。今年一年、病院職員その気持ちで診療にあたりますので、よろしくお願いいたします。

2022年 長門総合病院 飛躍の年に        令和4年1月4日

2022年 長門総合病院飛躍の年に 
村松慶一
「ほほえみ」発刊20年
 新年あけましておめでとうございます。皆様におかれましては、穏やかに令和4年、2022年の新年を迎えられたことお慶び申し上げます。
当院の広報誌 「ほほえみ229号」 に目を通して頂けますでしょうか。本誌は月1発刊ですので、創刊以来 約20年間続いています。私はこの「ほほえみ」という名前がとても好きです。漢字では「微笑み」あるいは「頬笑み」とも書くそうで、英語では、Smileと訳されます。相手の事を想う、やさしい笑顔を意味します。
 病院は特別な空間で、生き物のようです。「ほほえみ」は、病院が魅せるとても大切な表情です。患者さんは病院に自分の病気を治してもらいたいという気持ちで来られます。病院はやさしくほほえみかけて、患者さんとの厚い信頼関係を築いていきます。医療人に「ほほえみ」が無ければ、患者さんの信頼は得られないでしょう。そう、私自身にも言い聞かせています。
 新型コロナウィルスが発症して2年が過ぎますが、皆さんは「ほほえみ」を忘れていませんか?
ソーシャルディスタンスを守れと言われながら、距離だけでなく心も離れてませんでしょうか?
2022年は、「ほほえみ」をお忘れなく、そして人と人のつながりを大切にしていきたいと思います。

昭和と令和
 私は昭和38年生まれで、この時代が好きでした。私のふるさと八幡は、大東亜戦争で完全に廃墟になりました。父は製鉄マンです。毎日夜遅くまで働いて、飲んで同僚を家に連れて帰り、母は夜中じゅうその応対で天手古舞でした。昭和の人間が元気だったのは、日本人が廃墟の悔しさからアメリカに追いつくという共通の認識を持ち、国民が一丸となってその目標に向かっていたからと感じました。だから、子供も多かった。いま、昭和の人間が少なくなり、平成、令和の日本人は何を目標に頑張っていくのでしょう?今の中国には批判はあるものの、元気なのはなぜでしょうか?それは、中国国民がアメリカを抜いて世界第1位になるのが共通の目的と知り、その達成が目前に見えているからと思います。昭和の日本人が抱いていた気持ちと重なる思いではないでしょうか。
 2022年を迎えても新型コロナウィルスの猛威は衰えることなく、未だ出口が見えない状況です。今回の新型コロナウィルスは日本にとって大きな大きな国難となりました。中国は発症国ですが、いち早くウィルス蔓延を克服し国力はむしろ上がっています。私は日本が再び世界のトップランナーになるキーワードは、教育と賢さと思います。言い方は悪いですが、常識を持った破天荒な子供に育てること、そして労働時間を単に時間だけで制約せず賢い時間の使い方を学ぶことです。これは昭和の日本人が学んできたことではないでしょうか。現代は携帯やパソコンなどを使えばあまりにも簡単に通信できるので、逆に頭脳を使う機会が減り、人と人のつながりが稀釈されています。メールは確かに便利ですが、会って話をする方が良いに決まっています。私は今後も昭和の気持ちを捨てず、垢抜けず泥臭く生きていくつもりでおります。

長門総合病院飛躍の年

 さて、2021年長門総合病院は大きく飛躍しました。患者さんから、「すごくきれいな病院になりましたね。」という言葉を多く頂きました。5月に新玄関が開き、ようやく2年越しの新病院が全て完成しました。まるで、よれよれになっていた服を脱ぎ捨て、真新しい背広に着替えたような気持ちです。手術室は5部屋に拡大され、外科医にとってこの上ない環境で手術ができるようになりました。患者さんは長門市のみならず、下関市、美祢市、萩市、島根県からも来られるようになりました。しかし、喜んでばかりはいられません。竣工式でも申しましたが、建物はいつか必ず古くなります。新しくしていかねばならないのは、そこで働く医療人の心だと思っています。
 「人間は立場で生きている。」 司馬遼太郎の「峠」に出てくる長岡藩家老、河井継之助の言葉です。重く、深い意味があります。私が長門総合病院の院長に着任して、この春で3年になります。これまで院長という立場で、「どうすれば良い病院になれるのか」 だけを考えてきました。順調な経営状況も大事ですが、もっと重要なのは、良い人材の確保、指導、そして何より風通しの良い人間関係だと気づきました。当院では450名以上の職員が働いています。全員が同じ方向を向いているわけではありません。しかし、全員がそれぞれの立場で、専門性を持ってプロの仕事を全うしていると信じています。
  2022年の長門総合病院は優秀な医師が増えますし、ますます飛躍を遂げていきたいと思っております。皆様には多くのご意見いただければ、当院一人ひとりの成長になっていきます。本年もよろしくお願いいたします。

新しい門出を迎えた長門総合病院の使命        令和3年7月15日

長門総合病院新築工事は無事終了しました。

刻々と変わりゆく医療環境の中で 長門総合病院が担う使命

   私が長門総合病院の院長になりましたのは2019年春でしたので、あっという間に1年半が過ぎました。
 2020年は我々医療人にとって忘れられない1年となりました。 2019 年末に中国武漢で発生したとされ
 る新型コロナウィルスCOVID19 感染症 により、全国の医療機関は大きな打撃を受けています。当院は
 県指定の第 2 種感染症指定医療機関ですので、山口県発生の新型コロナウィルス患者を受け入れてきま
 した。 患者さんの治療は院内で特別編成された感染対策チームがあたり、現在も日夜問わずがんばって
 頂いています。 治療スタッフは 2 次感染を恐れ自宅にも帰らず、体重が 5 ㎏も減った、等聞きますと、
 院長として本当に心苦しく思います。 感染チームの努力のおかげで残りの医療スタッフが一般の患者さ
 んを診療できている、という感謝の念はいつも心の中にあります。 また、長門市はいち早くコロナ関係
 者の人権保護条例を制定して頂き、江原市長や関係方々に深く感謝申し上げます。
 
  現在、日本は第3波の嵐の中を漂う小舟状態で、一刻も早く現状から脱出しないと、全国の病院、特に
 感染対策チームは疲弊するばかりです。私は発生源とされる中国に見習う事がいくつかあると思います。
 現在、 中国のコロナ患者はほぼ発生していないそうです。 患者数に少し疑義はあると言われますが、14
 億人を救う政府の対応は功を奏しています。 日本が他山の火事と思っていた2月ごろ、東京と同じ規模で
 ある武漢 は ある感染学者の進言と共産党の決定で完全に閉鎖されました。 人民にも不満はあったでしょ
 うが、 儒教の教えでしょうか、 政府の方針に従い自宅から出ませんでした。 中国人はコロナ患者さんを
 特別視せず、むしろ「加油」と励ますそうです。2020年中国のみが経済成長しており、このまま2025年
 にはアメリカを抜くかもしれません。日本は、「人命」、「経済」のどっちつかずの政策で、中国が意識
 していた「時間」、(早期終息)の要素を忘れています。菅新総理にも力強い言葉はまだないようです。
 12月2週目より英国でワクチンの接種が始まりますが、これまでに無い新しい製造方法のワクチンですの
 で、焦らず安全性、効果、を良く評価してから日本に導入すべきです。その期限を東京オリンピックの要
 素を入れるべきではありません。
 
  とは言え、新型コロナ感染症は人類の英知が勝り、時が来れば鎮静化するでしょう。今からコロナ後の
 医療像を見据えておかなければなりません。昨年、国は人口減少社会と高齢化に見合うように、公的病院
 の削減案を打ち出しました。 この政策は病院にとっては死活問題です。 山口県には 8 つの医療圏があり、
 この北浦地区は萩と長門の 2つの医療圏に分かれています。 これは患者さんが病院に来られる範囲を考え
 て、 面積で分けているのかもしれませんが、これからは人口も加味すべきと思います。これは私見でしか
 ありませんが、 例えば萩と長門の医療圏を統合する、 あるいは美祢市も含めても良いかもしれませんが、
 思い切った改革をすべきです。 地図を見ると良くわかりますが、 長門総合病院は北浦地区の中心にあり、
 立地条件は良く、 当院から車で1時間以内の医療圏には 10 万人居られると考えられます。おかげさまで、
 私の患者さんの約半分は萩市など市外の方です。
 
  この院長挨拶を見ていただいた方々には、改めて感謝申し上げます。院長のこれからの病院運営の方向
 は何ですか? と問われれば、迷わず「長門総合病院は変わらなきゃいけない。」 とお答えします。長門総
 合病院は、北浦地区全体を統括しうる総合医療センターに成長していかねばならないと強く思っています。
  当院は2020年5月に本館東棟の完成で病棟、外来、管理機能を移転し、2021年4月に本館中央棟が完成
 すれば、手術室等(事務機能)が移転し、新しい門出を迎えます。 しかし、これは建物の話で、本当に変
 わらなくちゃいけないのは、我々医療人の気持ちです。 病院は生き物と同じで、支えているのは人です。
 いろいろな人がいたほうが良い。医師数は現状よりもプラス10名は必要と思います。新しい人がいっしょ
 に仕事がしたいと思う職場になるには、当院のステータス、地位、を向上させる必要があります。これは
 難しい事です。時間もかかります。でも、やるしかない。やらなければ3年後は無いという不退転の気持ち
 を持って臨もうと考えています。
 
  当院は開院後 70年になります。これまでは先輩の御努力で良い時期もあり、苦難の時期は方針転換して
 乗り切ってここまで来られたはずです。伝統の上に胡坐をかいていては、いつか立てなくなります。「長門
 総合病院は変わらなきゃいけない。」と誓い、ご挨拶とさせて頂きます。
 
令和2年12月9日 病院長 村松慶一
 
山口県厚生農業協同組合連合会
長門総合病院
〒759-4194
山口県長門市東深川85
TEL.0837-22-2220
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